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20数年間の夫や家族との生活に別れを告げる、

50歳過ぎてから離婚をしてしまった女性です。 
家族は子供二人が居りましたが長女はアメリカ人と結婚してアメリカ本国へいってしまい、長男は大学卒業してからは東京へ行ってしまったきり実家には戻ってくる気配がありませんので、その後は夫と二人ぐらしでありました。

其の夫と言うには仕事一筋といってしまえば聞こえはいいですが、家庭内のことは一切行わず子供の教育や育て方にも一向に無関心のようで、例えば長男が学校で問題を起こして不登校と言うか登校が一時的に停止になったときも、私自身のみが懸命になって学校側と接触し、なんとか卒業することもできたのです。

そんな夫は、元より話し下手で口汚く、すぐに相手を罵り、最終的には子供の育ちが成ってないのはお前のせいだ、とかしょっちゅういいますし、お酒を飲んだ後も酔うと暴力を振るうことも有りました。 

そして、結果として子供たちも私自身も夫を見る目は親子の関係ではなく、妙に遠慮しながら敬遠していたような気もしていたのです。 そんなことの理由も有って子供たちは物心ついてからは、さっさと家を出ていってしまったというのが本音のところでした。

そんなことが常態化していた日常生活で、子供が家を出て2年ぐらいしてから私は夫が浮気というのではないでしょうが夜の女、風俗関係の女性としょっちゅう遊んでいるのがわかったのです。 お金を出して遊んでいるのですから不倫や浮気ではないことはわかっているのですが、 元より私自身との夜の生活はもう既に10数年にわたってまったくなかったのです。 これは夫婦生活で異常といえば異常の状態ですよね。

そんなことで、私はある日リビングで珍しく二人でテレビドラマを見ている時に、ドラマの内容も離婚問題を扱っていたので、私は何気なく夫に向かって、「子供も無事巣立ったことだし、私達も離婚してみましょうか」と極く自然に口に出してみたのです。 すると夫はチョット考えた挙げ句に、「そうだな、暫く夫婦らしいこともしていないし、離婚してみようか」という返事が帰ってきたのです。

私自身は以前から其の気があったので、早速、子供に連絡をして了解をもらい、市役所に行って離婚届の用紙を戴いて、私自身のことや子供たちのこと記入して夫に見さたら、夫は殆ど無反応で判を押してくれたのです。 此処に20数年間に及ぶ夫や家族との生活に別れを告げることができたのです。

離婚前に、離婚弁護士である本橋総合法律事務所のHPも見ましたが、自宅は夫の会社の社宅住まいであったし、預金関係も共稼ぎであったので其々に生活費を出し合い、各々の預金名義が有ったので、従って、離婚に関して財産の分与などというものは殆どありませんでしたので、案外、離婚は揉め事もなく気楽にできたと考えております。
私自身は、現在の家から出まして両親二人だけが住んでい田舎の実家へ帰ることに成ったのですし、結果として暫くは両親の面倒見るということになったのでした。

終活にはエンディングノートを活用しています

一時期、エンディングノートがブームになっていましたが、最近はあまり見かけなくなってしまいました。しかし、エンディングノートを書くことは自分の人生の終わりに必要なものだと思うので、コクヨのエンディングノートを手に入れて書くようにしています。
一度に全部を書いてしまうのは無理なので、少しずつ、書きやすいところから書くようにしています。私は一人娘で一生独身なので、私が死んだ後、仏壇の世話や私が持っているものなどはどうなってしまうのだろうと不安になってしまいます。そこで、エンディングノートにどうして欲しいのかを書いておけば、私の死後、整理をしてくれる人には便利なのではないかと思うのです。
私は胃の4分の3を切除していますし、胆囊も切除していますし、低血糖で、うつ病なので、いつ何が起こるかわからないので、その時のために準備していた方がいいと思います。
最近はあまり物を増やさないように気をつけています。私は物を持ちすぎているので、できるだけ減らすようにしています。売れそうなものはヤフーオークションに出品して売るようにしていますし、友達にあげたりしています。
就活をしていると、エンディングノートはもしもの時にとても役に立ちそうだな、と思います。
取引している銀行口座やクレジットカード番号を記入したり、自分の死を知らせて欲しい友達の連絡先を書いたりするので、本当にもしもの時に役にたつと思うのです。
終活には遺品整理を生きているうちにすることだと思います。たくさん持っているものを整理して、本当に必要なものだけ残して、あとはきれいさっぱりに手放してしまうことが大事なのではないでしょうか。家族がいないので、誰が私の死後を整理してくれるのかわかりませんが、その人のためにもエンディングノートに必要なことを記入して、できるだけスムーズに遺品整理ができるようにしたいと思いますし、連絡して欲しい人を明確にすることができると思います。

先輩の就活の話

高校時代の部活の先輩のSさんは、大人になってからも友人として気さくに付き合える人です。おおらかで気配り上手で、面倒見も良いことから周囲からも信頼されていました。社会人になってからは別々の道に進んだわけですが、きっと皆に頼りにされているんだろうな、と想像するのは難くない、そんな人なのです。
Sさんが糖尿病になったという話を聞いた時はびっくりしました。と同時に、確かに近年の太りようは少し心配でもありました。学生時代からふくよかな体型ではあったのですが、社会人になってから年々太っていったので「少しはダイエットした方がいいですよ」と冗談めかして言った事もありました。
糖尿病対策はちゃんとやってるよ、と笑うSさんですが、どことなく気落ちしているようでした。少し前に結婚されたSさんは、糖尿病対策の料理を奥様に作ってもらい、血糖値を下げる薬などを服用して対策されているとの事です。
なら大丈夫かな、と安心していたのですが、ある日私の携帯電話に奥様から電話がかかってきました。
これは何事かと思いよくよく話を聞いてみると、Sさんが自分が死んだときの事をあれこれ話して身辺整理をしだした、という事でした。
私もびっくりして、慌ててSさんに電話をして急遽会う事にしました。
もしかして、奥さんにも隠している、何か大きな病気をしているんじゃないですか?それで身辺整理をしているんじゃないですか?そのように問い詰めました。
それを聞いたSさんはいきなり笑い出しました。
あっけにとられる私を見て、再び拭き出したSさんですが、「違う違う、今やってるのは終活だよ」と言いました。
終活。言葉は聞いたことがあるものの、それって要するに死ぬ前の身辺整理でしょうと言うと、それは違うと返されました。
今回の病気で人はいつ死ぬか分からないと思い知ったとの事です。ならばいつ死んでもいいように備えておくという事は大事なことで、それは家族や知人への負担を出来るだけ減らしてあげることに繋がる。悲しみから立ち直るための手助けを、生きているうちにするのだと力説されました。
終活と言っても特別な事はあまりなく、葬式はどのようにして欲しいかと伝えておく、保険などの検討、周囲の人に死後に読んでほしい手紙を書いておくといった事からやっているとの事でした。それは別に死を望んでいるのではなく、もしもの時のための備えなのだと。
自分が死んだ後の、周りの人の悲しみやその後の人生すら気に掛けるとは、Sさんらしいと思いましたが、これからの日本においては、そういったやさしさが当たり前になってくるのかも知れません。

身内のような付き合いの友人から・・

身内のように30年間お付き合いがある友人から、先日エンディングノートを託させてほしいと頼まれました。

最初は何を言っているのか分らなかったのですが、後日の友人と会いました。
その時に自分自身は今、終活をしているから数年以内にいろいろと整理したものを私に託したいという内容の相談でした。

友人は私より年齢が8歳上で50代の女性です。結婚はされていなく、ご両親も他界されていますが。身内はお兄さんですが、交際結婚をした為、定年後は奥さんの国へ移住することが決まっているので、託す人が私しかいないとの説明でした。

最初はそんなに重大な事を私が託されても良いのかな?と悩みましたが、その後内容を詳しく聞いてみると、既に作ってあるエンディングノート通りにしてくれてば問題はないし、お墓などは両親のところへ入るし、近く実家処分して賃貸のマンションにうつるとのことでした。

エンディングノートにはあと5年後、10年後、15年後と記されていているとのことでした。お金もそれまでに使い切る予定でいるので、面倒な事は絶対にならないし、ノート通りに勧めてくれればそれで十分だと言われました。

ノートは自分で保管するものと、私は保管するものと2冊ありまして、全く同じ内容とのことです。
私の中では最初は抵抗がありましたが、人はいつかはこの世を去っていく、増してや友人の様にご家族がほぼいないとなれば、友人に託したいという気持ちは当然なのかな・・・と思いまして、エンディングノートを預かりました。

友人がもしもの時まで中を開けてみない約束なので、そのまま保管しますが、年齢的に終活を考える時期が来たんだなと思うと少し複雑ですが、生きている限り終わりがある事も現実なので、今回は友人の終活の話を聞いて考えさせられたと同時に、自分の両親(70代)の終活も真剣に向き合わないといけないと夕刊しました。

悲しいことなのか

私の両親の話になります。父親ですがこの度終活を始めると宣言しました。いきなりなにを言うのかと思いましたが最近テレビなどで終活をする高齢者の番組などを見るので自分もそろそろと考えたようです。私から見たらまだまだ元気で長生きしそうなのですが元気なうちにしないといけないと言います。いきなり何が起きるかわからないと言います。その時に残された人に迷惑をかけたくないとこの時期に動き始めようと思ったらしいです。終活といっても何をするのか人それぞれ違うのかと思います。生涯を終えるための準備、終えた後のことの準備などをするらしいです。うちの父親はゴルフや釣り、読書、骨董品が趣味です。まず膨大にある本から整理し始めました。ほとんど捨てていくのですが売れる物は売ったりもしてました。骨董品なんかも売っていました。そんな趣味のものから整理していき、後から知ったのですが葬式の準備も自分で済ませていました。そのための費用なども全てです。そんな父親の荷物や趣味の物などがどんどん減っていくのを見ていずれは誰しもが死んでいくのですがやはり寂しい気持ちになります。私が小さいときの厳しかった父親ではありません。もくもくと整理をする父親を見て悲しくなります。しかし、当の本人はそんな落ち込んでる様子はなく更にいろんな事をしようとしています。今までさほど行かなかった旅行などにも行きました。釣り道具とゴルフ道具はとっておいたので釣り、ゴルフ三昧です。物を整理するとか葬式の準備とか終活の定番のようですがそんなことよりも私は自分のしたいことをしたいだけすればいいと思います。終活、終わりに向かっての活動ですよね。楽しんで人生を終えてほしいです。楽しんでいる姿を見せてほしいです。行きたいところへ行き、食べたい物を食べてしたいことをするでいいと思います。ある程度の整理はしてもらうと助かりますがその姿を見ることはやはり悲しいことです。

祖父の完璧な終活

 数年前に祖父が亡くなりました。彼は非常に几帳面であり、自分だけで終活を進めていたようで、おかげで残された私たち家族は落ち着いて対応することができました。
 祖父の終活について、彼はパソコンが得意だったので死後に必要な処理などはきれいにまとめて書いてありました。それらをきちんとプリントアウトしてファイルにまとめており、見出しなどもつけていたので見やすかったです。ただ、遺書に関しては手書きだったのが心を打ちました。彼は非常に特徴的な字を書く人だったので、その遺書を見る度に思い出が蘇ってきます。
 祖父のようにパソコンを使って終活を進めるのはとてもいい方法だと思います。それだとプリントアウトすると見やすいですし、また様々形でデータが残ります。加えて、書く方も時間がかからず書きやすいし、読む方も読みやすいのでトラブルが起こりにくいと思います。
 祖父の行った終活の中で、最もそれらしいなと思ったのはやはり遺影の撮影です。祖父は事故に遭い、それが元であっという間に亡くなってしまいました。遺影の撮影をしたのはその一年ほど前だったので、早めに撮っておいて良かったと思う一方で、彼は何か死の前兆でも感じ取っていたのではないかと思います。
 祖父は遺影の撮影を友人の写真屋さんに頼んでいました。そのおかげか、とても素敵な、格好いい写真が出来上がりました。このように事前に遺影を撮影しておくことで、本人のみならず家族みんなが納得のできる写真で送り出すことができます。遺影の撮影というと辛気臭いかもしれませんが、私は祖父の終活の中でこれが最もやってて良かったと思いました。
 祖父がこのような終活をしていたのは、自分が高齢になっていたからという理由もあるでしょうが祖母が認知症であったという点も大きかったと思います。彼のおかげで死後は滞りなく様々な手続きを済ませることができました。
 一年先であっても何が起こるか分かりません。現状の確認の意味も含めて一度終活について考えた方がいいと感じました。

こじんまりとした通夜と葬儀の良さ

近年、通夜や葬儀に高額な費用を掛けるのは無駄だと考える人が増え、家族葬を営む人も増えています。10名程度の家族のみで葬儀を営むなら、家族葬専門の葬儀会館で故人を偲びながら営むのも良いでしょう。
しかし、親族とごく親しい人だけでも20数名が参列するとなると、家族葬専門の会館では少し手狭です。そんな時には、やはり一般の葬儀会館を利用してゆったりと通夜や葬儀を営むのがベターでしょう。
家族葬が増えた事に対応するため、従来からの葬儀会館でも多様な葬儀に対応すべく変化しており、担当の方と相談し、自分達の思うような通夜や葬儀に対応してもらう事が可能です。
親族中心で見栄を張る必要もなければ、祭壇も小さなものを選び、祭壇や棺に費用を掛けずに、実質的な通夜、葬儀に徹すれば良いでしょう。式場の広さに対して祭壇が小さく余りにもみすぼらしいと感じるなら、参列者に香典の代わりに供花をお願いし、祭壇の両側にずらりと並べればみすぼらしさはなくなります。
親族が通夜に駆けつけるにしても、通夜式に間に合わない人も多いでしょう。そう言う人達が通夜式の後に駆けつけてくれる事を考えると、通夜に提供する食事を従来ながらの寿司桶を並べるのでなく、その部分に少し費用を掛け、寿司にプラスしてオードブルやデザートを並べる様な方式を取れば、式に参列してくれた親族も比較的長く式場に滞在してくれ、遅れて駆けつける親族との語らいの場にする事もでき、寂しい通夜とならずに済みます。また幼い子供が一緒に参列する事も多く、そうした場合にも口に合う食事を選ぶ事ができ、喜ばれます。
こうした祭壇や棺など葬儀に必要な一式を抑えつつ、一般の葬儀会館を利用する事で、遺族の控室もゆったりと利用できるメリットがあります。費用に纏わる部分を葬儀社が勧めるままに、採用するのではなく、そこは自分達の想いをしっかりと伝え、抑えるべき所は抑え、実質的な部分に少し費用を掛ければ、心に残る通夜や葬儀を営む事が出来ます。
以上の様に、費用に纏わり、葬儀の雰囲気を決める部分には自分達の意思を通し、一方で式次第などは、葬儀社に相談し、お任せすれば良いでしょう。

小さなことに目を配り、目を向ける日々

祖母の在宅介護がはじまり、思うように時間が取れなくなった家族がイライラすることも増えました。

祖母は、寝たきりではありませんが歩行困難なため転倒の危険があり、今までも何回か転倒しました。
骨を折ることなどももちろん心配ですが、実際に起こったのは皮膚剥離です。
老人のため皮膚が弱くなっており、フローリングの床に転倒したとき、油や汗で接着された皮膚が床と摩擦し、僅かですがベリと剥がれてしまいました。
脳血栓防止のための血が固まりにくくなる薬も服用していたので、床は血まみれになり、慌てて病院に行きました。幸いテープで止血し安静にするという事だけで、入院にはなりませんでした。
また、腰を打ったときは、薬のせいでアザになった血管から血が出続け、大きなリンゴがそのままくっついたようになりました。
痛い痛いと泣き叫ぶ祖母を連れ、病院へ。
仕事も休まないといけないしとにかく大変さが増えるので、転倒だけは絶対に避けなければと目を光らせています。
しかし、祖母本人はまだまだ歩けるつもりでいるので、いつも危なっかしく、こちらも日々のストレスからついつい声を荒げてしまい自己嫌悪に陥るその繰り返しです。
下のお世話、ご飯を食べたかどうか忘れる、さっき言ったことを忘れる、10分おきに今日の日付を聞いてくる…などは慣れましたが、やはり他の悩み事があると冷たくあたってしまいがちになります。
特に、近所で楽しそうな笑い声が響く中、祖母の粗相で汚れた股を、素手でおしりふきタオルで拭いている自分に我に返った時、とてもみじめな気持ちになります。そして自己嫌悪や、焦燥感や、絶望の繰り返しです。
祖母の中では「薬を飲むと粗相をしてしまう、憎い悪い薬」という認識となっており、飲もうとしません。
これは心臓病の薬だよと何度教えてももちろん信じないので説得して飲ますしかないのですが、飲んだといって舌の裏に隠したり水の中に吐き戻したりされると、本当にやりきれないストレスが半端なく起こります。
ある日、祖母の通うデイサービスの一環で、祖母が私に暑中見舞いを書いてくれました。
同じ家にいるのに、と思わず顔がほころんでしまいました。小さな喜びです。