月別アーカイブ: 2016年8月

悲しいことなのか

私の両親の話になります。父親ですがこの度終活を始めると宣言しました。いきなりなにを言うのかと思いましたが最近テレビなどで終活をする高齢者の番組などを見るので自分もそろそろと考えたようです。私から見たらまだまだ元気で長生きしそうなのですが元気なうちにしないといけないと言います。いきなり何が起きるかわからないと言います。その時に残された人に迷惑をかけたくないとこの時期に動き始めようと思ったらしいです。終活といっても何をするのか人それぞれ違うのかと思います。生涯を終えるための準備、終えた後のことの準備などをするらしいです。うちの父親はゴルフや釣り、読書、骨董品が趣味です。まず膨大にある本から整理し始めました。ほとんど捨てていくのですが売れる物は売ったりもしてました。骨董品なんかも売っていました。そんな趣味のものから整理していき、後から知ったのですが葬式の準備も自分で済ませていました。そのための費用なども全てです。そんな父親の荷物や趣味の物などがどんどん減っていくのを見ていずれは誰しもが死んでいくのですがやはり寂しい気持ちになります。私が小さいときの厳しかった父親ではありません。もくもくと整理をする父親を見て悲しくなります。しかし、当の本人はそんな落ち込んでる様子はなく更にいろんな事をしようとしています。今までさほど行かなかった旅行などにも行きました。釣り道具とゴルフ道具はとっておいたので釣り、ゴルフ三昧です。物を整理するとか葬式の準備とか終活の定番のようですがそんなことよりも私は自分のしたいことをしたいだけすればいいと思います。終活、終わりに向かっての活動ですよね。楽しんで人生を終えてほしいです。楽しんでいる姿を見せてほしいです。行きたいところへ行き、食べたい物を食べてしたいことをするでいいと思います。ある程度の整理はしてもらうと助かりますがその姿を見ることはやはり悲しいことです。

祖父の完璧な終活

 数年前に祖父が亡くなりました。彼は非常に几帳面であり、自分だけで終活を進めていたようで、おかげで残された私たち家族は落ち着いて対応することができました。
 祖父の終活について、彼はパソコンが得意だったので死後に必要な処理などはきれいにまとめて書いてありました。それらをきちんとプリントアウトしてファイルにまとめており、見出しなどもつけていたので見やすかったです。ただ、遺書に関しては手書きだったのが心を打ちました。彼は非常に特徴的な字を書く人だったので、その遺書を見る度に思い出が蘇ってきます。
 祖父のようにパソコンを使って終活を進めるのはとてもいい方法だと思います。それだとプリントアウトすると見やすいですし、また様々形でデータが残ります。加えて、書く方も時間がかからず書きやすいし、読む方も読みやすいのでトラブルが起こりにくいと思います。
 祖父の行った終活の中で、最もそれらしいなと思ったのはやはり遺影の撮影です。祖父は事故に遭い、それが元であっという間に亡くなってしまいました。遺影の撮影をしたのはその一年ほど前だったので、早めに撮っておいて良かったと思う一方で、彼は何か死の前兆でも感じ取っていたのではないかと思います。
 祖父は遺影の撮影を友人の写真屋さんに頼んでいました。そのおかげか、とても素敵な、格好いい写真が出来上がりました。このように事前に遺影を撮影しておくことで、本人のみならず家族みんなが納得のできる写真で送り出すことができます。遺影の撮影というと辛気臭いかもしれませんが、私は祖父の終活の中でこれが最もやってて良かったと思いました。
 祖父がこのような終活をしていたのは、自分が高齢になっていたからという理由もあるでしょうが祖母が認知症であったという点も大きかったと思います。彼のおかげで死後は滞りなく様々な手続きを済ませることができました。
 一年先であっても何が起こるか分かりません。現状の確認の意味も含めて一度終活について考えた方がいいと感じました。

こじんまりとした通夜と葬儀の良さ

近年、通夜や葬儀に高額な費用を掛けるのは無駄だと考える人が増え、家族葬を営む人も増えています。10名程度の家族のみで葬儀を営むなら、家族葬専門の葬儀会館で故人を偲びながら営むのも良いでしょう。
しかし、親族とごく親しい人だけでも20数名が参列するとなると、家族葬専門の会館では少し手狭です。そんな時には、やはり一般の葬儀会館を利用してゆったりと通夜や葬儀を営むのがベターでしょう。
家族葬が増えた事に対応するため、従来からの葬儀会館でも多様な葬儀に対応すべく変化しており、担当の方と相談し、自分達の思うような通夜や葬儀に対応してもらう事が可能です。
親族中心で見栄を張る必要もなければ、祭壇も小さなものを選び、祭壇や棺に費用を掛けずに、実質的な通夜、葬儀に徹すれば良いでしょう。式場の広さに対して祭壇が小さく余りにもみすぼらしいと感じるなら、参列者に香典の代わりに供花をお願いし、祭壇の両側にずらりと並べればみすぼらしさはなくなります。
親族が通夜に駆けつけるにしても、通夜式に間に合わない人も多いでしょう。そう言う人達が通夜式の後に駆けつけてくれる事を考えると、通夜に提供する食事を従来ながらの寿司桶を並べるのでなく、その部分に少し費用を掛け、寿司にプラスしてオードブルやデザートを並べる様な方式を取れば、式に参列してくれた親族も比較的長く式場に滞在してくれ、遅れて駆けつける親族との語らいの場にする事もでき、寂しい通夜とならずに済みます。また幼い子供が一緒に参列する事も多く、そうした場合にも口に合う食事を選ぶ事ができ、喜ばれます。
こうした祭壇や棺など葬儀に必要な一式を抑えつつ、一般の葬儀会館を利用する事で、遺族の控室もゆったりと利用できるメリットがあります。費用に纏わる部分を葬儀社が勧めるままに、採用するのではなく、そこは自分達の想いをしっかりと伝え、抑えるべき所は抑え、実質的な部分に少し費用を掛ければ、心に残る通夜や葬儀を営む事が出来ます。
以上の様に、費用に纏わり、葬儀の雰囲気を決める部分には自分達の意思を通し、一方で式次第などは、葬儀社に相談し、お任せすれば良いでしょう。

小さなことに目を配り、目を向ける日々

祖母の在宅介護がはじまり、思うように時間が取れなくなった家族がイライラすることも増えました。

祖母は、寝たきりではありませんが歩行困難なため転倒の危険があり、今までも何回か転倒しました。
骨を折ることなどももちろん心配ですが、実際に起こったのは皮膚剥離です。
老人のため皮膚が弱くなっており、フローリングの床に転倒したとき、油や汗で接着された皮膚が床と摩擦し、僅かですがベリと剥がれてしまいました。
脳血栓防止のための血が固まりにくくなる薬も服用していたので、床は血まみれになり、慌てて病院に行きました。幸いテープで止血し安静にするという事だけで、入院にはなりませんでした。
また、腰を打ったときは、薬のせいでアザになった血管から血が出続け、大きなリンゴがそのままくっついたようになりました。
痛い痛いと泣き叫ぶ祖母を連れ、病院へ。
仕事も休まないといけないしとにかく大変さが増えるので、転倒だけは絶対に避けなければと目を光らせています。
しかし、祖母本人はまだまだ歩けるつもりでいるので、いつも危なっかしく、こちらも日々のストレスからついつい声を荒げてしまい自己嫌悪に陥るその繰り返しです。
下のお世話、ご飯を食べたかどうか忘れる、さっき言ったことを忘れる、10分おきに今日の日付を聞いてくる…などは慣れましたが、やはり他の悩み事があると冷たくあたってしまいがちになります。
特に、近所で楽しそうな笑い声が響く中、祖母の粗相で汚れた股を、素手でおしりふきタオルで拭いている自分に我に返った時、とてもみじめな気持ちになります。そして自己嫌悪や、焦燥感や、絶望の繰り返しです。
祖母の中では「薬を飲むと粗相をしてしまう、憎い悪い薬」という認識となっており、飲もうとしません。
これは心臓病の薬だよと何度教えてももちろん信じないので説得して飲ますしかないのですが、飲んだといって舌の裏に隠したり水の中に吐き戻したりされると、本当にやりきれないストレスが半端なく起こります。
ある日、祖母の通うデイサービスの一環で、祖母が私に暑中見舞いを書いてくれました。
同じ家にいるのに、と思わず顔がほころんでしまいました。小さな喜びです。